藤原智美

現代社会は、自己と他者を結ぶことばへの過剰な期待であふれている。だれかが吐いたことばに「勇気をもらい」、だれかの行為に「癒される」ことばかりを願う。  そこでは閉じられた書物という世界で文字と対面する行為は、ひどく時代遅れで無意味なことのようにみられている。なぜなら本はだれともつながれないからだ。頁を開いても本は無言だ。そこに何かを読みとっていくのは、読者の想像力でしかない。しかし、ここに本の強みがあるといっていい。だれともつながれないという読書の時間は、貴重で必要不可欠なはずだ。  本を読むことというのは、つきつめると自己との対話である。だれともつながらないただ一人の営為だ。作者とさえつながることはない。だからこそ本を読むという行為が必要なのだと私は思う。そこには自分で選び取った言葉があるからだ。その言葉によって自己を保ち支えることができる。  人はしょせん孤独なのだという近代社会が生みだした個人意識は、いざというときに強い味方になる。ネットでつながるという幻想の何倍も強靭だ。メディアで喧伝される「絆」など陽炎のようなもので、一万回唱えたところで本当の絆など生まれない。たしかに本の未来は暗い。やがてすべては電子書籍という名で、ネットのつながる世界へと回収されていくのかも知れない。しかし私はいっこうにかまわない。本を手放さない世界最後のたった一人になろうとも、やはり頁をめくりつづけるであろう。